先日、日本酒のお店でゴルフ仲間と朝日山の原酒を味わっているときに、隣のテーブルから「真空管アンプが流行ってるんだって?」という言葉が耳に入ってきました。
私と同年代と思われる男性数人の会話でした。
小学校時代、私は俗に言うラジオ少年でした。
小3の時、雑誌の付録か何かでゲルマニュームラジオのキットを作ったときのこと・・・
たった4つの部品を慣れない半田ごてで繋ぎ合わせて、セラミックイヤホンを耳にしたときの感動は、私を一瞬で別世界に引きずりこんだのでした。
・・・電池もないのに、遠い放送局からの音がどうして聞ける?
この衝撃的な出来事が、将来私を電子工学エンジニアへと導くきっかけとなったに間違いありません。
その後、電池ナシで聞けるラジオの不思議解明から始まり、モーターは何で回るんだろう、豆電球は何で光るの?、レコード盤にどうして音楽が記録できているのか?・・・それらの不思議はどんどん広がり、電気の謎解明へと完全にハマっていきました。
玄関の扉が開くとチャイムが鳴る「自動チャイム」、雨を感知するとブザーを鳴らす「洗濯物取り込みアラーム」、ちゃんと左右に曲がれる「リモコン(ワイヤード)自動車」、おわんの味噌汁を冷ます「味噌汁冷まし扇風機」・・・昔から猫舌だったらしい・・・これらは小学生にしてはまあまあの傑作だったと思います。
中学生の頃には、日曜日になると毎週のように秋葉原の部品街に通い、ジャンク屋でかき集めた部品で真空管ラジオを作ったものでした。
整流回路のコンデンサーで感電しながらも、電源を切っているのに何故???感電で指先を火傷しながらも、電気の謎の解明に向けて意欲は倍増する日々でした。
高校のとき、兄に連れられてJazzのライブハウスに行ったとき、今度はライブの魅力に捕りつかれてしまいました。
ピアニストの息づかい、目の前のサックスの音の大きさと豊かさ、ウッドベースの弦が木に触れた時のビビリ音、腹の底から響くバスドラム・・・繰り返されるリズムと単調とも思えるメロディーにいつの間にか吸い込まれて時間が止まる新鮮な感覚・・・
自分の部屋で、なんとかあの音楽を再現できないか!
これが、ラジオ少年から自作派オーディオマニアへのturning pointでした。
高校2年のとき、真空管ラジオの感動をもう一度!とばかりに、雑誌の記事を頼りに真空管アンプの手作りに挑戦!アルミのシャーシに6G-A4という真空管とLuxの出力トランスを取り付ける穴を開けるところからはじめたものです。
近くの材木屋で一番厚いベニア板を設計図どおりに切ってもらい、接着剤で組み立てたボックスに高効率のスピーカーユニット・・・ベニアを重ねて作ったムクの台にターンテーブルとアームを取り付け・・・私の部屋はしばらく作業場そのものでした。
はじめて鳴らしたのはバーニー・ケッセルのアルバムだった気がします。
真空管から出たJazzの音色は妙に暖かく、人間味さえ感じて、ライブの音とはかけ離れていてもライブハウスに初めて行ったときの感覚が蘇って不思議でした。
薄暗くした部屋に、ほんのりと優しく光る裸の真空管と、電源インジケーターのネオン管の色・・・
そして昔を思い出させる音色・・・なんとなく心を癒してくれると感じるのは私だけでなく、居酒屋のおじさん達も一緒だったんですね、きっと・・・
p.s.
このブログを書きながら、あの手造り真空管アンプ・・・6G-A4シングルは確かまだ捨ててなかった気がする!何回もの引越しの度、これだけは捨てられない!と思った記憶を頼りに押し入れの奥を探すと、やっぱり!・・・実物を発見!
冒頭の写真は、その実物の写真です。
経年変化でコンデンサーがショートしているかもしれないけど、トランス出力だしスピーカーを壊すことは無い・・・せいぜいどこかの部品から煙が出るか小爆発程度・・・と思い、電源を入れてみることを決断!
リビングにある骨董品並のスピーカー「SONY G7」に接続、捨てないで取っておいたバーニー・ケッセルのLPにそっと針を落とす・・・なんと・・・30年以上もの時を経てもちゃんと音が出たのです!
まったくハム音もなく、真空管の懐かしい音が22畳のリビングいっぱいに溢れ・・・音量を上げると普段は嫌がる妻や子供達も「優しい音ね・・・」と言ってくれました。
私はなんとも言えない郷愁の思いで、一人「スゴイ!」と叫び、思わず拍手してしまいました。
ほんとうに捨てなくて良かった・・・
